【NCAA】カリフォルニア大学バークレー校

うい。


「全米中のバスケを訪れる」が目標、乗り鉄的現地観戦愛好家のBall Otaku Bros(@b_o_bros)だ。

今回はカリフォルニア大学バークレー校を紹介する。

カリフォルニア大学

基本情報

名称: University of California, Barkley
愛称: Golden Bears
所属: Pac-12 Conference
19-20:
18-19: 8勝23敗
17-18: 8勝24敗
16-17: 21勝13敗NIT出場
15-16: 23勝11敗NCAAトーナメント出場

Men's Basketball
The official Men's Basketball page for the California Golden Bears

近年の話: 2018-19はカンファレンス内0勝

バークレイ校の実績は他のパック12上位校と比べると少し見劣りするかもしれない。NCAAトーナメントでは1回戦を勝ち上がれば上出来で、NBA選手も5年に1度出てくるかどうかである。


が、それはバークレイ校が名門大学であることが関係している。と言うのも、NCAAはスポーツ奨学生に一定の学力水準を求めているのだが、バークレー校でその基準以上の成績を収めるのは中々にタフなことなのだ。故に、チームは選手を安易にリクルートすることができず、リクルートからも敬遠されてしまっているのである。


ただ、一方、極々まれに学力もバスケットボールも超優秀なスーパーマンのような学生が入学してくるのも事実だ。その代表例がジェイソン・キッドとジェイレン・ブラウンだ。両選手共にアカデミック的にも非常に優秀なことで知られている。


そんなぼちぼちの実力校ではあるのだが、最近の成績は看過できない非常に厳しい状況が続いている。昨季はパック12内で1勝もできず、HCのWyking Jonesは僅か2季目にして交代となった。その後任となったMark Foxに注目だ。

パック-12・カンファレンス

詳細

名称: Pac-12 Conference
愛称: パック12
設立: 1915年
所属校: 12校
HP: pac-12.com

所属校(大まかな所在地)※太字は重要校
UCLA(ロサンゼルス)は1967~73年の7連覇を含む合計11回のNCAAトーナメント制覇を誇る超名門だ。
USCロサンゼルスはUCLAと双璧を成すLAの名門大学だ。最近ではUCLAよりもリクルートに強い。
アリゾナ大学(アリゾナ州ツーソン)は1990年代にPac-12を代表するパワーハウスとなったが、プレー資格の無い選手の起用やリクルートの不正が発覚したためNCAAからの制約を受けて近年は弱体化を余儀なくされた。
アリゾナステイト大学(フェニックス)はジェームス・ハーデンの母校として有名だ。
オレゴン大学(オレゴン州ユージーン)はNIKEのスポンサードによる高いブランド力で毎年リクルートに成功している。
オレゴンステイト大学(オレゴン州コーバリス)はゲイリー・ペイトン父子を輩出した大学だ。
ワシントン大学(シアトル)は地元シアトルのキッズをNBA選手に仕立て上げることで有名だ。
スタンフォード大学(ベイエリア)は1980年代後半~00年代前半まではNCAAトーナメント常連校だった。現在は緩やかに下降気味だが、今でもNBA選手をちょいちょい輩出している。卒業生にはコリンズ兄弟(97-01)とロペス兄弟(06-08)の二組の双子ビッグマンがいる。
カリフォルニア大学バークレー校(ベイエリア)はケビン・ジョンソン、ジェイソン・キッド、アブドゥル-ラヒーム、最近ではジェイレン・ブラウン等を輩出している。ただ、2018-19はカンファレンス内で1勝もできなかった。
コロラド大学(デンバー)はコロラド州史上最高のプレーヤーと評されるチャウンシー・ビラップスの母校だ。
ユタ大学(ソルトレークシティー)は1990年代にアンドレ・ミラーやキース・バン・ホーンらを擁して最盛を迎えた。日系人初のNBA選手ワッツ・ミサカ氏の母校でもある。
ワシントンステイト大学(ワシントン州スポーケン)はワシントン州の”じゃない方”大学と評されているPac-12の残念なチームだ。が、2000年代に現バージニア大学HCのトニー・ベネットが就任して一時期は強かった。当時のエースがクレイ・トンプソンである。

パック12はアリゾナ大学とUCLAに代表されるカンファレンスだ。ただ、現在の勢力図はワシントン大学とオレゴン大学がリードしている状況となっている。PacはPacific(太平洋)の略で、 同連盟は西海岸で唯一のパワーカンファレンスである。Pac-12は各校共にリクルートは優れているのだが強くは無い。

チーム史

ニブス・プライス時代(1924-54)

主な実績
  • ファイナル4(1946)
  • カンファレンス優勝×7(1925、26、27、29、32、44、46)

1924年、卒業生でフットボール部のアシスタントコーチを務めていたニブス・プライス(Nibs Price)がバスケットボール部HCを務めることになった。


1926-27、プライスは就任1年目からゴールデンベアーズをパシフィック・コースト・カンファレンス(PCC)優勝に導き、就任5年目までに4度のPCC制覇、1926-27チームは後にプリモ-ポレッタ調査(Premo-Porretta Power Poll)で全米1位の実力があったと評された。

“大々的な”全米No.1を決めるポストシーズントーナメントが始まったのは1930年後半からだ。1938年にNIT、1939年にNCAAトーナメントが開催された。それまではカンファレンスで優勝することが各チームの最終目標だった。Premo-Porretta Power PollとHelmes Foundationはポストシーズントーナメント開催前のシーズンを独自に評価して各シーズンの全米No.1を決める活動である。

その後、NITやNCAAトーナメントといったポストシーズントーナメントが誕生した。そして、1945-46、7度目のPCC制覇を成し遂げたゴールデンベアーズは初のNCAAトーナメント出場を果たし、1回戦でコロラド大学を破ってファイナル4へ進出した。


しかし、ベアーズは名将ヘンリー・イバ(Moe Iba)とボブ・カーランド(Bob Kurland)率いるオクラホマA&M大学(現オクラホマステイト大学)に完敗、3位決定戦でもオハイオステイト大学に敗れて4位に終わった。

ピート・ニューウェル時代(1954-60): オスカー・ロバートソンとジェリー・ウェストを撃破して優勝!!

Cal 1959 National Champions Part 1
主な実績
  • NCAAトーナメント優勝(1959)
  • NCAAトーナメント準優勝(1960)

1954年、ピート・ニューウェル(Pete Newell)がHCに就任した。ニューウェルは1949年にサンフランシスコ大学をNIT優勝に導いた人物だ。1956-57、ニューウェルは噂に違わぬ手腕を発揮してゴールデンベアーズをNCAAトーナメントに導いた。


しかし、ニューウェルの就任以上に大きかったのがダーラル・イムホフの覚醒だった。イムホフはウォークオン(奨学金無し)の学生だったが、見る見るうちに頭角を現して大学4年次にはコンセンサス・オール-アメリカンにまで成長した。


1958-59、イムホフ率いるゴールデンベアーズは3年連続となるNCAAトーナメント出場を果たし、準決勝でオスカー・ロバートソン(シンシナティ大学)、決勝でジェリー・ウェスト(ウェストバージニア大学)を撃破、レジェンド”2タテ”でNCAAトーナメント制覇を成し遂げた。


1959-60、連覇を狙うゴールデンベアーズは難無くファイナル4に進み、準決勝でリベンジを目論むオスカー・ロバートソンをいなして再び決勝戦に進出したが、ジェリー・ルーカスやボブ・ナイト等タレント揃いのオハイオステイト大学に敗れ、連覇まであと一歩及ばなかった。

ホフマンは卒業後もさらに成長してアメリカ五輪代表とNBAオールスターに選ばれるまでに至っている。

トッド・ボーズマン時代(1993途中-96): 短期間に数多くのスタープレーヤーを輩出したが…

Cal Men's Basketball: Jason Kidd Highlights

1992-93、トッド・ボーズマン(Todd Bozeman)がHCに就任した。ボーズマンは僅か3シーズンの間にジェイソン・キッド、レイモンド・マレー、シャリーフ・アブドゥル-ラヒームを輩出した。

クオンゾ・マーティン時代(2014-17): NBAドラフト指名者4名の超豪華スターターを結成!!

Cal Men's Basketball: Jaylen Brown Highlights

2014年、クオンゾ・マーティン(Cuonzo Martin)がHCに就任した。2014-15、タイロン・ウォーレス、ジャバリ・バード、そして後にゴンザガ大学に転校して八村塁選手とチームメイトになるジョーダン・マシューズなどタレント揃いではあったが、マーティンの初陣は18勝15敗と歯がゆい結果に終わった。


しかし、2015年、マーティンはジェイレン・ブラウンとアイバン・ラブの2人のファイブスターリクルートをリクルートする大仕事をやってのけた。2015-16、同大史上最も才能に溢れるラインナップとなったチームは、シーズン終盤にPac-12内で7連勝を飾り、最終AP23位でNCAAトーナメント出場を果たした。が、経験不足の否めないチームは1回戦で格下のハワイ大学に屈した。


2016年、ブラウン(1巡目3位指名)、ウォーレス(2巡目60位)、マシューズ(ゴンザガ大学へ転校)がチームを去った。加えて、前年度の実績によってマーティンの契約は2020-21まで延長となった。が、2016-17、アイバンとバードがシーズン中盤に戦線離脱となり、ゴールデンベアーズはシーズン終盤に失速、NCAAトーナメント出場を逃した。


その後、アイバン(2巡目35位)とバード(2巡目56位)がNBA入り、タレント不足のチームの指揮を執ることを渋ったマーティンは逃げるようにミズーリ大学へと移った。

その他

フィル・シェニエ(1969-71)

フィル・シェニエは1971年のNBAドラフトで行われたハードシップ指名でボルチモア・ブレッツに指名された選手だ。当時、NBAはそれまで大学を卒業する年に満たない選手のプレーを禁じていたのだが、翌1972年にそれを撤廃するにあたり、前年度の1971年に大学3年生以下の選手を指名できる”ハードシップ指名”の権利を1970-71の成績下位のチームに与えていた。その後、シェニエは3度のNBAオールスターに選出され、1979年にはブレッツの優勝に貢献し、引退後に着用していた45番は永久欠番になった。

ケビン・ジョンソン(1983-87)

Cal Men's Basketball: Cal vs. Arizona State 1985 #ThrowbackThursday (Instagram)

1960年の準優勝以降、ベアーズは1990年まで30年連続でNCAAトーナメントから遠ざかっていた。そんな低迷期の希望の星がケビン・ジョンソンだ。ジョンソンは3年次と4年次に獅子奮迅の活躍で勝率5割りで終われば御の字のチームをNITに導き、1987年のNBAドラフトでは1巡目7位という高い評価を得てクリーブランド・キャバリアーズに加入した。

現地観戦

ホームアリーナ

基本情報

名称: Haas Pavilion
住所: 115 Haas Pavilion, Berkeley, CA 94720

​バークレーはサンフランシスコの対岸にある。サンフランシスコからの行き方は複数あるが、地下鉄Bartを乗り継いで行くのがオススメだ。キャンパスはOrange LineのDowntown Berkeley駅から徒歩数分の場所にある。

チケット

同大はパワーカンファレンスに所属しているため、試合によってはチケットが売り切れる可能性もある。だから、チケットの購入は会場では無く、 TicketmasterStubHubVIVIDSETAS、公式サイト等で事前に購入するのがオススメだ。

カレッジギア

大学のグッズの購入はキャンパス内のブックストア(カレッジストア)がオススメだ。場所はグーグルマップで「大学名 bookstore」で検索すれば出てくる。


ブックストアは書店では無い。ブックストアはアパレルと日用品が売られている雑貨屋だ。と言うのも、アメリカの大学生は基本的に寮やキャンパス付近での生活を強いられるため彼らの生活に必要となるアイテムが置いてあるのである。


ちなみに、カレッジのアイテムはアリーナでも買える。が、品揃えは良くない。時間があれば是非ともキャンパス内or付近のブックストアに立ち寄ることを俄然オススメする。

まとめ

正直に言えば、チェックする必要はあまり無い。

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カリフォルニアエリア

カレッジフープスの記事

参考

University of California Golden Bears School History(sports-reference.com)
California Players In The NBA(basketball.realgm.com)
Darrall Imhoff, a Decorated Basketball Center, Dies at 78(nytimes.com)
College Hotline: After the collapse, what’s next for Cal basketball (Martin’s future, Rabb’s decision and a bleak roster)(eastbaytimes.com)

ダイハードオタク話(有料)

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