【NCAA】ミネソタ大学

うい。


「全米中のバスケを訪れる」が目標、乗り鉄的現地観戦愛好家のBall Otaku Bros(@b_o_bros)だ。

今回はミネソタ大学を紹介する。

ミネソタ大学

基本情報

名称: University of Minnesota, Twin Cities
愛称: Gophers/U of M/UMN
所属: Big 10 Conference
18-19: 22勝14敗NCAAトーナメント2回戦敗退
17-18: 15勝17敗
16-17: 24勝10敗NCAAトーナメント1回戦敗退

Men's Basketball
The official Men's Basketball page for the University of Minnesota Gophers

近年の話: 典型的なハイメジャー校

ミネソタ大学は『可もなく不可もなし』の典型的なハイメジャー校だ。毎年NBAプロスペクトが入って来る訳でもなければ、NCAAトーナメントでスウィート16以上を狙える訳でも無いものの、パワーカンファレンスのドアマットチームに甘んじている訳でもない。

注目選手: Daniel Oturu(ビッグマン)

Highlights: Daniel Oturu Pulls Down 2nd Freshman of the Week Award | Minnesota | B1G Basketball

現在、ゴーファーズとしては久々のNBAプロスペクトのダニエル・オトゥールが在籍している。

ビッグ・10・カンファレンス

詳細

名称: Big 10 Conference
愛称: B1G
設立: 1896年
所属校: 14校
HP: www.bigten.org

所属校(大まかな所在地)※太字は注目のチーム
オハイオステイト大学(コロンバス)は全米最大規模を誇る大学だ。グレッグ・オデン、マイク・コンリー、エバン・ターナー、ディアンジェロ・ラッセルなど一昔前まではトッププロスペクトをリクルートできたが、近年はそのブランド力が少し陰りを見せている。
ミシガン大学(デトロイト)は2019-20シーズンから元ファブファイブのジュワン・ハワードが指揮を執ることとなった。
ミシガンステイト大学(デトロイト)はマジック・ジョンソンとドレイモンド・グリーンの母校だ。現HCトム・イゾーはファイナル4進出8回を誇る超名将である。
パデュー大学(インディアナ州)
インディアナ大学(インディアナ州)は名将ボブ・ナイト(1971-2000)が率いて3度のNCAAチャンピオンに輝いた。
メリーランド大学(ワシントンD.C.)はジョージタウン大学と並ぶワシントンD.C.の強豪だ。同大のNBAドラフト高順位指名者はバストになる傾向がある。
アイオワ大学(アイオワシティ)は対戦車砲でも止められないルカ・ガルーザが在籍している。
ミネソタ大学(ミネアポリス)は1980年代のセルティックスとレイカーズの時代に両チームにビッグマン(ケビン・マクヘイルとマイカル・トンプソン)を送り込んだ。
イリノイ大学は2005年にデロン・ウィリアムスらが率いてNCAAトーナメント準優勝を果たした。
ウィスコンシン大学は2015年に38勝0敗のケンタッキー大学を破ってNCAAトーナメント決勝に進出した。
ノースウェスタン大学(シカゴ)はビッグ10の古株だが、運動部には注力しておらず、初めてNCAAトーナメント出場したのは2017年のことだった。
ペンシルベニアステイト大学は1954年にファイナル4に進出しているが、決して強いチームでは無い。
ネブラスカ大学(ネブラスカ州リンカーン)は2019年にISUを再建したフレッド・ホイバーグがHCに就任した。2021年秋、桜丘高校出身の富永選手が入学予定となっている。
ラトガース大学(ニュージャージー州)は1991年を最後にNCAAトーナメントから遠ざかっているが、2019-20シーズンは快進撃を続け、最近は勢いがある。

ビッグ10は北東部と中西部各州のマンモス校計14校が所属する大所帯カンファレンスだ。近年の勢力図はミシガン大学とミシガンステイト大学が飛びぬけて強い。NCAA D1内で最もフィジカルなリーグなため、各校は競うようにビッグマンを揃えている。

チーム史

前トーナメント時代

主な実績
  • 大学初の試合
  • 全米No.1評価×3(1902、03、17)

ミネソタ大学は最も古い歴史を持つチームの1つだ。1895年2月に行われたミネソタ農業大学(ミネソタ大学ツインシティ校の前身の内の1校)と隣町St.ポールのハムライン大学(Hamline University)の試合は初の大学同士の試合と認知されている。


1986年1月、ミネソタ大学ミネアポリス校(ミネソタ大学ツインシティ校の母体となる大学)は近隣の学校、YMCA、キャンパス内の陸軍とリーグを組織し、同月にミネソタ大学ミネアポリス校のチームも初の試合を敢行した。


20世紀初頭、ゴーファーズは最盛を誇った。当時は全米1位を決める大会が無かったが、後にPremo-Porretta Power PollとHelmes foundationによってチームは合計3度(1902年、1903年、1917年)の全米No.1と評された。

ジョン・クンドラ時代(1959-68)

In Memoriam: Lou Hudson
ルー・ハドソン(196cm/95kg/ウィング)
  • 同校史上初の黒人選手
  • NBAオールスター×6回
  • NBA 2ndチーム(1970)
  • 永久欠番(#23-アトランタ・ホークス)
  • 永久欠番(#14-ミネソタ大学)
アーチ・クラーク(186cm/79㎏/ガード)
  • 同校史上初の黒人選手
  • NBAオールスター×2回
  • NBA2ndチーム(1972)

ミネソタ大学初のスーパースターは大学史上初の黒人選手ルー・ハドソン(Lou Hudson)とアーチ―・クラーク(Archie Clark)だった。ハドソンは13年間のNBAキャリアで平均20得点を記録し、着用していた23番はアトランタ・ホークスで永久欠番になっている。一方のクラークは下位指名ながら着実に実力をつけてNBA 2ndチームに選ばれるまでに至った。

ジム・ダッチャー時代(1975-86途中): 3人のレジェンドを輩出

フリップ・サンダース(1973-77)

フリップ・サンダースはNBAで17シーズンもの間HCを務めたコーチだ。1995-96、サンダースは開幕20試合後に解雇されたビル・ブレアに代わってミネソタ・ティンバーウルブスのHCとなった。その後、当時GMを務めていた後輩のケビン・マクヘイルと共にケビン・ガーネットを中心としたチーム作りに成功、ウルブスを8年連続でプレーオフに導き、その後もデトロイト・ピストンズやワシントン・ウィザーズでHCを務めた。

マイカル・トンプソン(1974-78)

Klay and Mychal Thompson: Father's Day
マイカル・トンプソン(208cm/100kg/C)
  • 同大初の全体1位指名選手(1978)
  • NBAチャンピオン(1987、1988)
  • クレイ・トンプソンの父
  • 永久欠番(#43-ミネソタ大学)

同校史上初にして唯一の全米1位指名選手となったのがマイカル・トンプソンだ。1978年、トンプソンはポートランド・トレイルブレイザーズから全体1位指名を受けてNBA入りを果たした。トンプソンは3年目に平均20点以上を記録したが、オールスターに選ばれることは無く、4年目以降は伸び悩み、良い選手で止まってしまった。


しかし、9年目(1986-87シーズン)に転機が訪れた。サンアントニオ・スパーズから優勝候補のロサンゼルス・レイカーズに放出されたのだ。当時のレイカーズはジャバ―のバックアップセンターを探しておりトンプソンに白羽の矢が立ったのだった。


そして、トンプソンはチームの期待に応えた。ベンチからの得点とリバウンドで1987年と1988年のNBA連覇に大きく貢献した。

ケビン・マクヘイル(1976-80)

Kevin McHale – Low Post Master

ケビン・マクヘイル
NBAチャンピオン(1981、1984、1986)
NBAオールスター×6回
NBA1stチーム(1987)
永久欠番(#32-セルティックス)
永久欠番(#44-ミネソタ大学)

ゴーファーズのベストプレーヤーはケビン・マクヘイルだ。マクヘイルはローポストムーブとディフェンスで1980年代のボストン・セルティックス黄金期を支えた。


マクヘイルの最大の特徴はタレント揃いのチームにいたために6thマンの役割を担っていたことだ。1984年にはレギュラーシーズンで僅か10試合しかスターターとして出場していないにも関わらず平均18得点以上を記録してオールスターにも選出された。


引退後はコーチの道を歩んだ。2011-15シーズンにヒューストン・ロケッツのHCだったことは記憶に新しい。現在は解説者をしている。

クレム・ハスキンズ時代(1986-99)

1996-97 Minnesota Gopher Basketball
主な実績
  • チーム史上唯一のファイナルフォー進出
  • 中西部地区第1シード獲得

ミネソタ大学バスケ部の長い歴史の中で最も成功したのはファイナルフォーに進出した1996-97だ。このチームには後にNBAドラフトで1巡目指名を受ける選手が4人も在籍していた。

4人の1巡目指名選手
ボビー・ジャクソン(1997年1巡目23位)
ジョン・トーマス(1997年1巡目25位)
サム・ジェイコブソン(1998年1巡目26位)
クインシー・ルイス(1999年1巡目19位)

そんな才能あふれるチームを牽引していたのはNBAでも成功を収めたボビー・ジャクソンだった。ジャクソンはゴーファーズをビッグ10のレギュラーシーズン優勝とNCAAトーナメントの中西部地区1位シード獲得に導いて、自身はビッグ10カンファレンスの最優秀選手賞を受賞した。


しかし、その後、メンバーの学業成績の改ざんが地元紙によってすっぱ抜かれた。同紙によれば、学生の成績を管理する部署の人間が選手の代わりに授業の課題をこなしたり、バスケ部のスタッフが選手の成績に関して教授を懐柔したり、そういった隠密行動に対してHCクレム・ハスキンズが対価を支払っていたとのことだった。


その結果、NCAAはミネソタ大学の不正があったことを認めて、同プログラムの不正が行われていた期間の成績とそれを讃えた賞はNCAAの公式記録からは抹消されることとなった。

21世紀

ダン・モンソン時代(1999-2006)

その後、ダン・モンソン(Dan Monson)がHCとなったが、成績不振で8シーズン目途中に解雇となった。モンソン時代の唯一の話題はClass of 2003(2003年高卒組)においてNo.2 PFと評されたクリス・ハンフリーズをリクルートしたことだ。当初、ハンフリーズはデューク大学にコミットしていたが、ワン&ダンでNBA入りしたかったハンフリーズとアーリーエントリーを嫌っていたコーチKとの間で価値観の違いが見られたためか、入学直前の5月にデューク大学へのコミットを撤回して地元のミネソタ大学に来た。

トゥビー・スミス時代(2007-13)

現地観戦

ホームアリーナ

基本情報

名称: Williams Arena and Sports Pavilion
住所: 1925 University Ave SE, Minneapolis, MN 55455

​ゴーファーズのホームアリーナWilliams Arena and Sports Pavilionはミネソタ大学キャンパス内にある。ダウンタウンからアリーナへは路面電車(Green Line)とローカルバスで行けるが、アメリカのローカルバス事情を考慮すると路面電車の方が良いと思われる。路面電車で行く場合、キャンパス内にEast Bank Stationがあるので、そこで下車してアリーナへは徒歩で行ける。

チケット

同大はパワーカンファレンスに所属しているため、試合によってはチケットが売り切れる可能性もある。だから、チケットの購入は会場では無く、 TicketmasterStubHubVIVIDSETAS、公式サイト等で事前に購入するのがオススメだ。

カレッジギア

大学のグッズの購入はキャンパス内のブックストア(カレッジストア)がオススメだ。場所はグーグルマップで「大学名 bookstore」で検索すれば出てくる。


ブックストアは書店では無い。ブックストアはアパレルと日用品が売られている雑貨屋だ。と言うのも、アメリカの大学生は基本的に寮やキャンパス付近での生活を強いられるため彼らの生活に必要となるアイテムが置いてあるのである。


ちなみに、カレッジのアイテムはアリーナでも買える。が、品揃えは良くない。時間があれば是非ともキャンパス内or付近のブックストアに立ち寄ることを俄然オススメする。

まとめ

関連記事

ミネソタエリア

カレッジフープスの記事

参考

Gopher glory : 100 years of University of Minnesota basketball(archive.org)
A Brief History of Men’s College Basketball(ncaa.org)
U basketball program accused of academic fraud(web.archive.org)
Minnesota Golden Gophers School History(sports-reference.com)
Duke releases McDonald’s recruit Kris Humphries(usatoday30.usadotady.com)

ダイハードオタク話(有料)

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