【NCAA】プロビデンス大学

うい。現地観戦研究家のB.O. Bros(@b_o_bros)だ。


当ブログはバスケオタクが低予算で現地観戦を達成するためのガイドブックである。


では、早速本題に入る。

今回はバスケットボールの発展に大きく貢献した人物を多数輩出したプロビデンス大学を紹介する。

プロビデンス大学

基本情報

名称: Providence College
愛称: Friars
所属: ビッグ・イースト・カンファレンス
19-20: 19勝12敗
18-19: 18勝16敗
17-18: 21勝14敗NCAAトーナメント出場

Men's Basketball
The official Men's Basketball page for the Providence College Friars

近年の話: 燻っている内にライバルが上がってきた!!

プロビデンス大学は、2011年に現HCエド・クーリー(Ed Cooley)が着任して以降、プログラム史上で最も安定した成績を収めていた。例えば、クーリーは2013~2018年間に同校史上最長となるNCAAトーナメント連続出場記録を残し、同時にリッキー・レドやクリス・ダンをリクルートした。


しかし、NCAAトーナメント2回戦の壁が厚かった。しかも、そうこうしているうちにビッグ・イースト・カンファレンスのライバル達が実力をつけてきた。今後は戦国時代のビッグイーストで勝ち上がり、なお且つNCAAトーナメントでスウィート16以上に残れるかが課題だ。

注目選手: デビッド・デューク(ウィング/196cm/#3)

David Duke Providence Sophomore Highlights

個人的に結構注目しているのはデビッド・デューク(David Duke)だ。2019-20は平均12点、スリーポイント42%の成績だった。身体能力も高く、時折ハンドラーとしての資質も見せてくれる。

ビッグ・イースト・カンファレンス

名称: Big East Conference
愛称: Big East
設立: 1979年
所属校: 10校
HP: https://www.bigeast.com/

所属校(大まかな所在地)※太字は注目のチーム
St. ジョーンズ大学(NYC) は1943年と1944年に当時はNCAAトーナメントよりも格式が高かったNITを連覇した古豪だ。MSGをホームアリーナとして使用している。
シートン・ホール大学(NYC)はニュージャージー・ネッツが使用していたアリーナを使用している。19-20シーズンはチーム史上ベストのチームだった。
ジョージタウン大学(ワシントンD.C.) はパトリック・ユーイング(現HC)やディケンベ・ムトンボ等のレジェンドセンターを輩出したビッグマンの登竜門だ。アイバーソンの母校としても有名である。
ビラノバ大学(フィラデルフィア) は2016年と2018年にNCAAトーナメントを制覇した。HCのJay Wrightは非常に目利きの優れた人物で近年はNBAに優秀なロールプレーヤー達を多数輩出している。
コネチカット大学(コネチカット州)は過去に4回もNCAAトーナメントを制覇した元超強豪だ。2020年にアメリカン・アスレティック・カンファレンスから移籍してきた。
バトラー大学(インディアナポリス) はブラッド・スティーブンスが率いて2年連続でNCAAトーナメント準優勝を果たした。
ゼイビア大学(シンシナティ) はデビッド・ウェストの母校だ。
デポール大学(シカゴ) は長らくプログラムに力を注いでいなかった。しかし、近年はリクルートに成功している。
マーケット大学(ミルウォーキー)はドウェイン・ウェイドやドック・リバースを輩出した。
クレイトン大学(ネブラスカ州オマハ)のダグ・マクダモートの父がHCを務めている。今後、注目すべきチームの1つだ。

ビッグ・イースト・カンファレンスは東海岸の強豪が集まったカンファレンスだ。近年の勢力図はビラノバ大学は全米トップクラスに強いが、その他はNCAAトーナメントで1回勝てるかどうかレベルだった。が、19-20シーズンはトップ25に常に3校位が名を連ねていた。ちなみに、ビッグ・イースト・カンファレンスは新旧2つある。旧ビッグ・イースト・カンファレンス(現アメリカン・アスレティック・カンファレンス)からフットボール部を登録していなかった大学が離脱して立ち上げたのがこの新ビッグ・イースト・カンファレンスだ。

チーム史

ジョセフ・ミュラニー時代(1957-69): バスケットボール発展に貢献する人物を育成

主な実績
  • エリート8(1965)
  • NCAAトーナメント出場(1964、66)
  • NIT優勝×2(1961、63)
  • NIT準優勝(1960)

1957年、ホーリークロス大学時代にボブ・クージーと共にNCAAトーナメント制覇を成し遂げたジョセフ・ミュラニー(Joseph Mullaney)がHCに就任した。


就任当初、バスケ部はほとんど活動休止状態だった。が、ミュラニーの尽力で同プログラムは瞬く間にポストシーズントーナメント常連校となり、その後のバスケットボールの発展に貢献する人物が次々と誕生した。


彼の教え子の1人が選手とコーチの両方でバスケットボール殿堂入りを果たしているレニー・ワイケンズだ。1960年、念願のNCAAトーナメント初出場とはいかなかったが、ワイケンズの活躍でチームはNIT準優勝を果たした。その後、オスカー・ロバートソンとジェリー・ウェストと同期のワイケンズは2人に見劣りしない活躍で選手としてはオールスター9度選出やアシスタント王、コーチとしては1979年のNBA優勝と1994年の年間最優秀コーチ賞を獲得した。


そんなワイケンズに代わってチームを牽引したのがジミー・ウォーカー(1963-67)だ。1965年、ウォーカーの活躍でチームはAP最高3位の好成績を残して当時としては同大史上最高成績のエリート8に登り詰めた。1966-67、ウォーカーはルー・アルシンドラー(カリーム・アブドゥル-ジャバ―)を抑えて得点王(平均30.4点)に輝き、その年のNBAドラフトで1巡目1位でデトロイト・ピストンズに入団した。

デイブ・ガビット時代(1969-79): 初のファイナル4進出&チーム史上最強チーム結成

主な実績
  • ファイナル4(1973)

1969年、ミュラニーのアシスタントだったデイブ・ガビットがHCに就任した。ガビットもワイケンズと同様にプロビデンスカレッジのみならずバスケットボール界全体の発展に貢献した人物である。


1972-73、プロビデンスカレッジは4年生のアーニー・ディグレゴリオ(Ernie DiGregorio)と3年生のマービン・バーンズが在籍していた史上最強のチームだった。ディグレゴリオは翌年にルーキーながらにしてNBAでアシスト王に輝いたガード、マービン・バーンズは大学3年間で平均17リバウンド越えのリバウンドマシーンだ。彼らを擁したフレイアーズはファイナル4に進出した。


1979年、ガビットはプロビデンスカレッジを辞めてビッグ・イースト・カンファレンスの初代コミッショナーとなった。現在強豪として知られているジョージタウン大学やシラキュース大学はガビットの精力的な活動のおかげだ。特にジョージタウン大学はプロビデンスカレッジの暖簾分けと言っても過言では無い。同大をセンターの登竜門にしたHCジョン・トンプソンもまたプロビデンスカレッジ(1960-64)出身である。


さらに、ガビットはNCAA委員会のチェアマンやUSAバスケットボール代表社長も務めた。ちなみに、現在、息子のダンはNCAAのバスケットボールの総責任者である。

リック・ピティーノ時代(1985-87): ピティーノ列伝の始まり

主な実績
  • ファイナル4(1987)

1985年、リック・ピティーノ(Rick Pitino)がHCに就任した。1986年、ピティーノとビリー・ドノバン(現オクラホマシティ・サンダーHC)の両輪の活躍でチームは第6シードでNCAAトーナメントに出場し、スウィート16でアラバマ大学、エリート8でジョージタウン大学を打ち破り、チーム史上2度目のファイナル4進出を果たした。ちなみに、ピティーノは後にケンタッキー大学とルイビル大学を優勝に導くことになる。このファイナル4進出は彼の伝説の始まりと言っても過言では無い。

その他

オーティス・ソープ(1980-84)

ガビットがチームを去った後、低迷してしまったチームにミュラニーが戻ってきたのだが、成績は勝率5割を切ったままだった。そんな中で唯一輝いていたのがオーティス・ソープだった。ソープもワイケンズやガビット同様にその後輝きを増した。ジョーダン、オラジュワン、ストックトン、バークレイと同じ華の1984年組のソープは、1992年にオールスター選出、1994年にオラジュワンと共にNBAチャンピオンとなり、その後2002年までNBAで現役を続けた。

リック・バーンズ(1988-94)

2000年代にテキサス大学で長期政権を築き上げることになるリック・バーンズ(Rick Barnes)がピティーノの後任となった。バーンズ時代は決して悪くは無かったが良くも無かった。

ゴッド・シャムゴッド(1995-97)

The Shammgod: How God Shammgod's Legendary Crossover Lives on in Today's Stars

ゴッド・シャムゴッドはドリブルテクニックのシャムゴッドを発明した選手だ。1997年、NCAAトーナメント出場を果たしたチームはあれよあれよと勝ち上がりエリート8に進出し、シャムゴッドはマイク・ビビーとジェイソン・テリー擁するパワーハウスのアリゾナ大学を相手に24得点を挙げた。

ライアン・ゴメス(2001-05)

2003-04、フレイアーズはAP最高12位とNCAAトーナメント第5シード獲得の同大史上最高評価を獲得し、その原動力となったライアン・ゴメスはコンセンサス・オール-アメリカンの1stチーム入りを果たした。その後、NBA入りを果たしたゴメスはセルティックス、ウルブス、クリッパーズ等で活躍した。

現地観戦

ホームアリーナ

基本情報

名称: Dunkin’ Donuts Center
住所: 2705 Ashland Ave, Evanston, IL 60208

プロビデンス大学のホームアリーナはダウンタウンのど真ん中にあるダンキン・ドーナッツ・センターだ。

チケット

同大はパワーカンファレンスに所属しているため、試合によってはチケットが売り切れる可能性もある。だから、チケットの購入は会場では無く、 TicketmasterStubHubVIVIDSETAS、公式サイト等で事前に購入するのがオススメだ。

カレッジギア

大学のグッズの購入はキャンパス内のブックストア(カレッジストア)がオススメだ。場所はグーグルマップで「大学名 bookstore」で検索すれば出てくる。


ブックストアは書店では無い。ブックストアはアパレルと日用品が売られている雑貨屋だ。と言うのも、アメリカの大学生は基本的に寮やキャンパス付近での生活を強いられるため彼らの生活に必要となるアイテムが置いてあるのである。


ちなみに、カレッジのアイテムはアリーナでも買える。が、品揃えは良くない。時間があれば是非ともキャンパス内or付近のブックストアに立ち寄ることを俄然オススメする。

まとめ

プロビデンスカレッジはデビッド・デュークだけでも見る価値はある。余談だが、最近、シャムゴッドを讃えたLegacy ShamgodというシューズがPumaから発売された。

合わせて行きたい: ボスウォッシュエリア

カレッジフープスの記事

参考

Providence Friars School History(sports-reference.com)
Providence Players In The NBA(basketball.realgm.com)
Joe Mullaney, 75, Providence Basketball Coach(nytimes.com)
Leonard R. “Lenny” Wilkens(hoophall.com)
His was a great story Walker was a basketball force while at Providence(archive.boston.com)
Dave Gavitt(hoophall.com)
Otis Thorpe(basketball-reference.com)
Inside Friartown: Interview with God Shammgod(friars.com)
Hoops legend God Shammgod finally gets his own sneaker after 23 years(nypost.com)
Best Providence Player of the 2000’s: Ryan Gomes(bigeastcoastbias.com)

管理人

俺達B.O.Brosはアメリカかぶれの”bro”2人だ。両者共にアメリカの大学に留学経験(1人は現在留学5年目)がある。元々はバスケ好きが高じて渡米したのだが、今ではバスケを通り越してアメリカ的価値観や文化そのものの虜になり、固まった休みが取れ次第、試合観戦がてらアメリカ各地を巡っている。トレンドの話はTwitter、俺達自身についてはInstagram、ブログのコンセプト外の話はnoteで発信しているので、興味があれば、そちらもチェックしてもらえれば、と思う。

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