うい。
「全米中のバスケを訪れる」が目標、乗り鉄的現地観戦愛好家のBall Otaku Bros(@b_o_bros)だ。
今回はオクラホマステイト大学を紹介する。
オクラホマステイト大学
基本情報
名称: Oklahoma State University in Stillwater
愛称: Cowboys/OSU/Ok State
所属: Southeast Conference
19-20: 21勝15敗
18-19: 12勝20敗
17-18: 18勝14敗
近年の話: ケイド・カニンガムが無事入学!!
オクラホマステイト大学には良いニュースと悪いニュースが飛び込んできた。良いニュースは高校生ベストプレーヤーの1人であるケイド・カニンガム(Cade Cunningham)がコミット(入学の意思を表示)したことだ。カニンガムにはケンタッキー大学やノースカロライナ大学等の超名門に行く選択肢もあったが、2019年6月にケイドの兄ケイン・カニンガム(Cane Cunningham)がACに雇用されたことが決め手となり、OSUを選んだ。
一方、悪いニュースは向こう3シーズンにOSUはNCAAから制裁を受けることである。2020年、元ACレイモント・エバンズ(Lamont Evans)が他大学の選手達やエージェントへの賄賂が発覚し、NCAAはオクラホマステイト大学に対して2020-21のポストシーズントーナメント出場禁止を含む向こう3シーズンの制裁を与えた。つまり、カニンガムがいくら活躍したとしてもオクラホマステイト大学は2021年のNCAAトーナメントには出場できない状況になっている。
ビッグ・12・カンファレンス
チーム史
ヘンリー・イバ時代(1934-70): NCAAトーナメント連覇!!
- NCAAトーナメント2連覇(1945、46)
- レッドクロスゲーム勝利(1945)
- NIT出場×2(1940、44)
1934年、ヘンリー・イバ(Henry Iba)がHCに就任した。翌2年目の1935-36以降、オクラホマA&M大学はミズーリ・バレー・カンファレンスを5連覇、1939-40には当時NCAAトーナメントよりも格式が高かったNIT(National Invitation Tournament)から招待を受けた。
1942年、ボブ・カーランドが入学した。カーランドはデポール大学のジョージ・マイカンと共にバスケットボールをビッグマンのゲームに変えたレジェンドだ。当時、動きが鈍いビッグマンはバスケットボールには不向きと言われていたのだが、高い身体能力を誇るマイカンとカーランドがリングの上のボールを触り始めたためバスケットボールは一気にビッグマンが有利なゲームへと変貌した。
そして、1943-44、カーランドに導かれたアギーズは再びNIT出場を果たし、2回戦でマイカンのデポール大学と相対することとなった。結果は38-41でマイカンに転んだ。
しかし、翌年、カーランドとアギーズはリベンジを果たした。第二次世界大戦中、アメリカ赤十字社はNCAAトーナメント優勝校とNIT優勝校を招待したチャリティーゲーム”ザ・レッド・クロス・ゲーム(The Red Cross Game)”を開催していたのだが、1944-45、カウボーイズはNCAAトーナメントを、デポール大学はNITを制覇したため両者はレッドクロスゲームで再戦する運びとなり、アギーズは52-44で昨シーズンのリベンジを果たした。
その後、ビッグマン2人の活躍によってゴールテンディングがプロリーグに先駆けて採用された。1945-46、ゴールテンディングは多少効果はあったが、カーランドの支配力は変わらず、アギーズはNCAAトーナメント2連覇を達成、原動力となったカーランドは昨季に続いてトーナメントMVPを獲得した。
エディ・サットン時代(1990-06): OSUを復活させたイバの愛弟子!!
- ファイナル4×2(1995、2004)
- エリート8(2000)
- スウィート16×2(1991、92)
古豪復活の狼煙(1990-92)
1990年、選手とACとしてイバから指導を受けた愛弟子のエディ・サットン(Eddie Sutton)がHCに就任した。サットンは1985年にケンタッキー大学のHCに就任したが、度重なる選手のスキャンダルでNCAAからケンタッキー大学に”死刑”と呼ばれる重い制裁が下されたため、逃げるようにして母校に戻ってきた。
就任初年度からサットンの手腕は発揮された。1990-91、カウボーイズは10勝4敗で25年振りとなるビッグ8のレギュラーシーズン1位に輝き、7年振りのNCAAトーナメントでスウィート16進出の快挙を遂げ、翌1991-92はシーズン中にAP最高2位に入る躍進を見せて見事南東地区第2シードを獲得、惜しくもミシガン大学にアップセットを喫したが、再びスウィート16進出を果たし、古豪復活の予感にファンは大いに喜んだ。
その後、主力メンバーのバイロン・ヒューストンとコーリー・ウィリアムスは両者共にシカゴ・ブルズから指名を受けてNBA入りを果たし、息子のショーン・サットンも卒業となった。
ブライアント・リーブス(1991-95): 40年以上振りのファイナル4へ
その後はブライアント”ビッグカントリー”リーブスがチームの中心になった。1994-95、 ビッグ8トーナメントを制覇したカウボーイズは、相手を50点程度に抑えて1、2回戦を勝ち上がり、3回戦でティム・ダンカン擁する優勝候補のウェイクフォレスト大学をアップセットしてスウィート16の壁を突破した。
続く準々決勝、対戦相手は若き日のジョン・カリパリ(現ケンタッキー大学)率いるマサチューセッツ大学だった。マサチューセッツ大学は、典型的なミッドメジャー校だが、カリパリの目利きでマーカス・キャンビーやルー・ローらが見出され、大学史上初のAP1位を獲得する等、勢いも実力も凄まじかった。カウボーイズはそんな新星マサチューセッツ大学をディフェンスで封じ込めてファイナル4へと進出した。
しかし、OSUの挑戦は準決勝で終わった。対戦相手のUCLAはジョン・ウッデン以来の優勝を狙うUCLAだった。
編入生傭兵部隊(2003-04)
サットンはNBAタレント1、2人では限界があることを悟った。しかし、カンザス大学、ケンタッキー大学、デューク大学のようなブランド力の無いオクラホマステイト大学がトップ高校生を口説き落とすのは多難を極めた。故に、注力したのが他大学で燻っている選手達を編入させることだ。
編入生部隊(2003-04)
トニー・アレン
ジョン・ルーカス三世
ジョーイ・グラハム
スティーブン・グラハム
サットンの努力は実った。トニー・アレン、ジョン・ルーカス三世、ジョーイ・グラハム、スティーブン・グラハムといった後にNBAで5年以上活躍する選手4名がスティルウォーターに通うことになり、その結果、アイバン・マクファーリン(2011-12にリンク栃木ブレックスでプレー)以外の主力は編入生という傭兵部隊が編成された。
2003-04、編入生傭兵部隊はビッグ12をレギュラーシーズン(12勝2敗)とカンファレンストーナメントの両方で優勝を成し遂げた。その後、カウボーイズは2回戦でNBAから戻ってきたカリパリ率いるメンフィス大学、3回戦で知将ジェイミー・ディクソン(Jamie Dixon)のピッツバーグ大学、準々決勝でジャミアー・ネルソンとデロンテ・ウェストのNCAAトップのバックコート陣を誇るSt.ジョセフズ大学をなぎ倒してファイナル4の舞台に戻ってきた。
そして、準決勝、相手はジョージア工科大学だった。ジョージア工科大学は前シーズンにクリス・ボッシュをNBA入りで失ったが、残ったメンバーが成長して勝ち上がってきていた。試合は残り2秒、前ポゼッションにスリーポイントで同点に追いついたカウボーイズだったが、好調だった伏兵ウィル・バイナムにドライビングレイアップを決められ、タイムアウトが切れていたカウボーイズはシュートまで運べず、サットンのNCAAトーナメント制覇のラストチャンスは無残にも崩れ去った。
トラビス・フォード時代(2008-16): タレント揃いのシーズンもあったが…
2008年、トラビス・フォード(Mark Turgeon)がHCに就任した。
タレントトリオ(2012-13)
マーケル・ブラウン(2014年2巡目44位)
マーカス・スマート(2012年卒No.1PG)
ルブライアン・ナッシュ(マクドナルド・オール-アメリカン)
2012年、サットン時代を彷彿させるタレント揃いのチームが完成した。しかし、2012-13、ガードトリオは、ビッグ12で13勝5敗の好成績を残してNCAAトーナメント出場を果たしたものの、4年生を中心としたオレゴン大学に経験の差を見せつけられ、1回戦敗退を喫した。
翌2013-14、主力3人が残るカウボーイズは開幕前のAPランキングで9位と高い期待を持たれていたが、ビッグ12内で8勝10敗と苦しみ、再びNCAAトーナメント1回戦敗退に終わり、シーズン終了後にスマートとブラウンはチームを去った。
2015-16、卒業を迎えたナッシュに代わってマクドナルド・オール-アメリカンのジャワン・エバンスが加入した。が、成績は12勝20敗、遂にはNCAAトーナメント出場も果たせなくなり、フォードは解任となった。
その他
REMEMBER THE TEN
2001年1月27日、飛行機の墜落事故でOSUの選手2名、スタッフ、メディア関係者、乗務員計10名が命を落とした。同飛行機はコロラド大学との試合を終えたチームを乗せた3機の内の1機で、デンバーからスティルウォーターへ向かっていた最中に雪嵐に見舞われ、凄惨な結果となった。以降、オクラホマステイト大学は被害者10名を”REMEMBER THE TEN”として毎年追悼イベントを開催している。
現地観戦
まとめ
注目はケイド・カニンガムがビッグ12の強豪校相手にどの程度やれるのかだ。
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テキサスエリア

テキサスエリア(西部)
テキサスエリアはテキサス州を軸にアーカンソー州西部、オクラホマ州、ニューメキシコ州の主要都市で括ったエリアだ。北にはカンザスシティエリア、東にはディープサウスエリア、西にはマウンテンエリアがある。
ファイエットビル(アーカンソー州)
ファイエットビルはアーカンソー州の北東の端にある。アーカンソー大学とトイレットペーパーを投げ込む伝統で知られているジョン・ブラウン大学(NAIA所属)がキャンパスを構えている。
タルサ(オクラホマ州)
タルサは油田とルート66で発展した元大都市だ。タルサ大学とオーラル・ロバーツ大学がある。
オクラホマステイト大学(オクラホマ州スティルウォーター)
オクラホマステイト大学はオクラホマシティとタルサの中間にある。2020-21、高校生ベストプレーヤーの1人ケイド・カニンガムがプレーする予定だ。
ダラス&フォートワース(テキサス州)
ダラス&フォートワースはテキサス州北部の双子都市だ。NBAはダラス・マーベリックス、NCAAハイメジャーは南メソジスト大学(SMU)とテキサス・クリスチャン大学(TCU)、その他ミッドメジャー数校がある。
ベイラー大学(テキサス州)
ベイラー大学はダラスとフォートワースを少し南下した場所にある。
テキサスA&M大学(テキサス州)
テキサスA&M大学はB級ハイメジャー校だ。しかし、最近、ディアンドレ・ジョーダン、クリス・ミドルトン、ダニュエル・ハウス、アレックス・カルーソといった2巡目~ドラフト外からNBAに定着する選手が出ている。
オースティン(テキサス州)
オースティンはテキサス州中央に位置する同州の州都だ。サンアントニオ・スパーズのGリーグチームとケビン・デュラント等を輩出したテキサス大学がある。
サンアントニオ(テキサス州)
サンアントニオはテキサス州南西部にある。NBAはサンアントニオ・スパーズ、NCAA D1はテキサ大学サンアントニオ校とインカ―ネート・ワード大学がある。
テキサス工科大学(テキサス州)
テキサス工科大学はテキサス州北西部のラボックにある。同大は2019年にNCAAトーナメント準優勝を果たした。
アルバーカーキー(ニューメキシコ州)
ハイメジャー級の実力を誇るニューメキシコ大学がある。近くにはサンタフェもある。
エルパッソ(テキサス州)
エルパソはメキシコとの国境の町だ。映画グローリーロードで知られるテキサス大学エルパッソ校(元テキサスウェスタン大学)とパスカル・シアカム等を輩出したニューメキシコステイト大学がある。
コーパスクリスティ(テキサス州)
コーパスクリスティはメキシコ湾沿いのリゾート都市だ。Gリーグのリオ・グランデ・バレー・バイパーズ(ロケッツ傘下)とテキサス大学コーパスクリスティ校がある。ちなみに、テキサス州南西部一帯はリオ・グランデ・バレーと呼ばれている。
カレッジフープスの記事

NCAA基礎講座の使い方
ステップ1: カレッジフープス全体(大学体育協会)を学ぶ
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ステップ2: NCAA(D1、D2、D3)を学ぶ
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ステップ3: NCAA D1のスケジュールを学ぶ
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ステップ4: NCAA D1のカンファレンスを学ぶ
↓
ステップ5: エリジビリティを学ぶ





参考
Top recruit Cade Cunningham still going to Oklahoma State despite postseason ban(espn.com)
Oklahoma State given one-year NCAA tournament ban, will appeal(espn.com)
Bracketology: Who benefits from Oklahoma State’s postseason ban?(espn.com)
Oklahoma State 2020 Basketball Commits(247sports.com)
Oklahoma State Cowboys School History(sports-reference.com)
Oklahoma State Players In The NBA(basketball.realgm.com)
Investigation continues in Oklahoma State crash(espn.com)
スティルウォーターにおける平均的な気候(jp.wetherspark.com)