【NCAA】ケンタッキー大学

うい。現地観戦研究家のBall Otaku Bros(@b_o_bros)だ。

今回はケンタッキー大学について紹介する。

ケンタッキー大学

基本情報

名称: University of Kentucky
愛称: Wildcats/UK
所属: Southeastern Conference
19-20: 25勝6敗
18-19: 30勝7敗NCAAトーナメントエリート8
17-18: 26勝11敗NCAAトーナメントスウィート16
16-17: 32勝6敗 NCAAトーナメントエリート8

Men's Basketball
The official Men's Basketball page for the University of Kentucky Wildcats

近年の話: ワン&ダン to スターを量産!!

近年の主な出身選手
タイラー・ヒーロー(2018-19/2019年1巡目13位)
PJ・ワシントン(2017-19/1巡目12位)
ケルドン・ジョンソン(2018-19年/1巡目29位)
ケビン・ノックス(2017-18/2018年1巡目9位)
シェイ・ギル-アレクサンダー(2017-18/1巡目11位)
ディアーロン・フォックス
(2016-17/2017年1巡目5位)
マリーク・モンク(2016-17/2017年1巡目11位)
バム・アデバヨ(2016-17/2017年1巡目14位)
ジャマール・マレー(2015-16/2016年1巡目7位)
スカル・バズリアー(2015-16/2016年1巡目28位)
+ファイブスターリクルートや2巡目指名選手多数

ケンタッキー大学はデューク大学と並ぶ全米1、2位を争うパワーハウスだ。現HCジョン・カリパリ(John Calipari)は2009年の就任会見時に「俺はベストオブベストをリクルートするためにここに来た」と発言しているのだが、宣言通りNCAAトーナメント制覇よりもNBAスターの輩出に重きを置いていて、多くのコーチが成熟した上級生を好む中、毎年複数の選手がアーリーエントリーで入れ替わる下級生主体のチームを編成している。


特に直近数年はNBAスターの輩出の比重が大きくなっている。2014-15以降、ケンタッキー大学はファイナル4から遠ざかっているのだが、カリパリにはどこ吹く風でNBAに選手を送ることにフォーカスしている。


例えば、カレッジとNBAとでは活躍するビッグマンのタイプが異なっている。NBAでビッグマンに求められるのはポストプレーでは無く、リムランとディフェンスの敏捷性に推移しているが、カレッジでは未だにポストで支配的なビッグマンが強い。故に、もし勝ちたいのであれば、かつてのようにデマーカス・カズンズやカール・アンソニー-タウンズのような選手をリクルートすれば良いはずなのだが、PJ・ワシントンやバム・アデバヨといったNBAタイプのビッグマンを呼び込んでいる。

How Kentucky Sets Teams Up Using False Motion | Kentucky Diamond Series Film Room

さらに言えば、カリパリはビッグマンよりもNBAで活躍する可能性の高いガードのリクルートに力を注いでいる。直近の数シーズンはスリーガードの布陣も多い。セットもガード陣が主体だ。しかも、スクリーナーとして必要なビッグマンは戦術理解度の高い他大学の上級生を編入させて賄っているケースも見られる。

SEC

名称: Southeastern Conference
愛称: SEC
設立: 1932年
所属: 14校
HP: https://www.secsports.com/

イースト・ディビジョン

所属校(大まかな所在地)※太字は重要校
ケンタッキー大学(ケンタッキー州レキシントン)は毎年ロッタリー指名選手を輩出している全米屈指のパワーハウスだ。
テネシー大学()は名将リック・バーンズが率いている。
フロリダ大学はビリー・ドノバン(現サンダーHC)が率いてNCAAトーナメント連覇を達成した。
バンダ―ビルト大学(テネシー州ナッシュビル)は現在ジェリー・スタックハウスがHCを務めている。
ジョージア大学はバスケットボール校では無いが地元出身のアンソニー・エドワーズがプレーした。
ミズーリ大学はマイケル・ポーターJrがプレーしていた。
サウスカロライナ大学(サウスカロライナ州コロンビア)は2016年に奇跡的にファイナル4に進出した。

ウェスト・ディビジョン

所属校(大まかな所在地)※太字は重要校
オーバーン大学(アラバマ州)はチャールズ・バークレイの母校だ。2019年にファイナル4に進出した。
LSU(ルイジアナ州)はシャックとベン・シモンズの母校だ。2019-20途中、UCLAプレーしていた息子シャリーフが編入してきた。
ミシシッピ大学
ミシシッピステイト大学
テキサスA&M大学はディアンドレ・ジョーダンやアレックス・カルーソの母校だ。
アーカンソー大学は黒人HCノーラン・リチャードソンが率いて1994年にNCAAトーナメントを制覇した。現在、エリック・ミュゼルマンが就任してリクルートがかなり強化されている。
アラバマ大学はアントニオ・マクダイスやモー・ウィリアムス等を輩出している。

SECはケンタッキー大学の所属するカンファレンスだ。同カンファレンスは1932年にサザン・カンファレンスから13校が独立した後、多少の増減があって現在の14校体制となった。勢力図はケンタッキー大学が安定して強いが、それ以外はフットボール校なので強くは無い。

チーム史

アドルフ・ラップ時代(1930-72): ケンタッキー大学をパワーハウス化させた張本人

主な実績
  • NCAAトーナメント優勝×4(1948、49、51、58)
  • NIT優勝(1946)
  • NCAAトーナメント準優勝(1966)
  • NIT準優勝(1947)
  • ファイナル4(1942)
  • NIT3位(1944)

ケンタッキー大学始動!!

コーチングツリー@カンザス大学
ジェームス・ネイスミス博士: バスケットボールの発明者

フォグ・アレン: コーチングの父

アドルフ・ラップ: ケンタッキー大学
ディーン・スミス: ノースカロライナ大学

1930年、アドルフ・ラップ(Adolp Rupp)がHCに就任した。ラップはカンザス大学で”コーチングの父”フォグ・アレンに学び、その後就任したケンタッキー大学を全米屈指の強豪へと変貌させた張本人である。

ポストシーズントーナメント常連校(1942-51)

先行者利益的タイトル
1941-42: NCAAトーナメントファイナル4
1943-44: NIT3位
1945-46: NIT優勝
1946-47: NIT準優勝
1947-48: NCAAトーナメント優勝
1948-49: NCAAトーナメント優勝(2連覇)
1950-51: NCAAトーナメント優勝

1940年代、ラップはどこよりもポストシーズントーナメント制覇に燃えていた。当時、カレッジバスケットボール界の勢力図はバスケットボール誕生の地付近であり、なお且つ新しい物を積極的に取り入れるリベラルな大学が集まる東海岸が中心だったが、ケンタッキー大学はいち早くバスケットボールに力を入れ始め、南部の大学にも関わらず、全米屈指の強豪となった。

数々のスキャンダル(1951)

1951年、ケンタッキー大学の選手がギャンブラーと結託して八百長に加担していたことが発覚した。しかも、NCAAが調査を進める中、選手への金銭譲渡とプレー資格の無い選手の起用といったNCAAの規定違反も明らかになった。その結果、NCAAはケンタッキー大学に1952-53の活動休止を言い渡した。

黒人選手のリクルート開始(1968-69)

1960年代、時代は変わり目を迎えていた。マーティン・ルーサー・キングJrに代表される公民権運動が活発になり、黒人学生の入学を拒み続けていた南部の各大学が黒人学生の受け入れを開始した。


加えて、当時、カレッジバスケ界では「コートに黒人選手は1人」や「ロスター内の黒人選手は3人」といった暗黙の了解が存在していたのだが、1963年にそのルールを無視したロヨラ大学(シカゴ)がNCAAトーナメント優勝を果たし、西海岸ではロングビーチステイト大学が台頭、さらには黒人選手を中心としたUCLAがケンタッキー大学に代わって覇権を握っていた。


一方、人種差別主義者のラップは頑なに黒人選手をリクルートしなかった。その結果、1957-58の優勝を最後にケンタッキー大学は低迷、最高成績はエリート8、NCAAトーナメントに出場できないシーズンもあり、優勝とは程遠い位置にいた。

グローリー・ロード (字幕版)

そして、1966年のNCAAトーナメント決勝が決定打となった。1965-66、久しぶりのNCAAトーナメント決勝に戻ってきた白人オンリーのケンタッキー大学だったが、黒人学生アスリートを積極的にリクルートしたテキサスウェスタン大学(現テキサス大学エルパッソ校)に敗れて、千載一遇のチャンスを獲り逃したのだ。


その後、1969年にトム・ペイン(Tom Payne)が初の黒人選手としてケンタッキー大学に入学した。

ジョー・ホール時代(1972-85): 過小評価されたレジェンド

主な実績
  • NCAAトーナメント優勝(1978)
  • NCAAトーナメント準優勝(1975)
  • ファイナル4(1984)

ザ・スーパー・キッテンズ(1972-75)

後任にはACのジョー・ホール(Joe B. Hall)が就任した。1974-75、ラップ最後のリクルート組の1人ケビン・グレビーに率いられたワイルドキャッツはNCAAトーナメント決勝まで進出したが、決勝戦の相手は1960年~70年代に9度の優勝を誇る絶対王者UCLA、しかも、同シーズンはHCジョン・ウッデンにとって最後のシーズンだった。その結果、グレビーの35得点も虚しく、軍配は何としても優勝して有終の美を飾りたいUCLAに上がった。

安堵の優勝(1977-78)

1977-78、ワイルドキャッツは同大史上最も経験値の高いチームとなった。主力メンバーのほとんどが4年生、しかも1年次(1974-75)にNCAAトーナメント決勝戦に行った経験を持っていた。故に、ケンタッキー大学は開幕前のAPランキングでは2位と評されていた。


シーズン開幕後、大方の予想通りワイルドキャッツは強く、APランキングでは2月中の2週間を除いて全て1位を獲得した。


その後、優勝のプレッシャーを抱えて臨んだワイルドキャッツはエリート8でマジック・ジョンソンを僅か6得点に抑えてミシガンステイト大学との泥仕合を制し、ファイナル4で後にケンタッキー大学が迎え入れるエディ・サットン(Eddie Sutton)率いるアーカンソー大学を破り、初優勝に燃えるデューク大学を退けて見事優勝を果たした。


しかし、高い期待はホールと選手達にはただただプレッシャーでしか無かった。後にホールは「一切祝福の無いシーズン(A Season Without Celebration)」と同シーズンを回顧している。

悲しきツインタワー(1983-84)

1983-84、ワイルドキャッツはサム・ブーイとメルビン・ターピン(Melvin Turpin)のツインタワーでファイナル4に戻った。1984年のNBAドラフトでブーイはマイケル・ジョーダンよりも上の2位、ターピンも6位指名と評価が高かったが、どちらもNBAでは大成しなかった。

リック・ピティーノ時代(1989-97): 天才降臨!!

主な実績
  • NCAAトーナメント優勝(1996)
  • NCAAトーナメント準優勝(1997)
  • ファイナル4(1993)

The Unforgettables(1989-92): 制裁期間を支えた地元出身の4人

1989年、リック・ピティーノ(Rick Pitino)がHCに就任した。ピティーノは1976年からシラキュース大学の指揮を執っている現役最長のジム・ベーハイム(Jim Boeheim)を師に持ち、20代中盤でボストン大学HCに就任して同チームを24年振りのNCAAトーナメントに導き、その後転任したプロビデンス大学でファイナル4進出を成し遂げた次世代を担う天才だった。

制裁
・1989-91ポストシーズントーナメント出場停止

しかし、前任者エディ・サットン(Eddie Sutton)時代の数々の不正によってケンタッキー大学はNCAAから死刑(Death Penalty)と呼ばれる最も重い処罰を受けることとなった。

ジ・アンフォアゲッタブルス(1988-92)
リッチー・ファーマー(Richie Farmer): 2004~12年共和党員
ジョン・ペルフレイ(John Pelphrey): 現テネシー工科大学HC
ショーン・ウッズ(Sean Woods): 現サザン大学HC
デロン・フェルドハウス: 日本でプレー

概して制裁中のチームでプレーしたい学生アスリートはいない。多くの場合、選手達は他チームに転校する。が、それでもUKに残って苦しいチームを支えたのが地元出身のプレーヤー4人”ジ・アンフォアゲッタブルス(The Unforgettables)”だった。


1991-92、2シーズンのポストシーズントーナメント出場停止処分が明けたワイルドキャッツはピティーノのフルコートプレスを武器にNCAAトーナメント出場を果たし、デューク大学の待つ準々決勝まで勝ち上がった。

Christian Laettner's shot sinks Kentucky in 1992 Elite Eight

試合は延長戦残り2秒、ウッズが値千金のランナーを決めてケンタッキー大学は103-102とリードを奪った。しかし、ベースラインからのベースボールパスをエルボーでキャッチしたレイトナーがターンアラウンドジャンパーをブザービーターで沈めてジ・アンフォアゲッタブルスは劇的な終幕を迎えた。

AP1位と第1シード奪還!!(1992-93)

1992-93、晴れて卒業を迎えたアンフォアゲッタブルスに代わってチームのエースとなったのがジャマール・ウォッシュバーンだった。コンセンサス・オール-アメリカンの1stチームに選ばれる活躍を見せたウォッシュバーンに導かれたワイルドキャッツは、シーズン中盤に1987-88以来となるAP1位に輝き、南東地区第1シードでNCAAトーナメント優勝に臨んだ。

ローマ帝国(1995-97)

1995-96
アントニー・ウォーカー(1996年1巡目6位)
トニー・デレク(1996年1巡目16位)
ウォルター・マキャティー(1996年1巡目19位)
ロン・マーサー(1997年1巡目6位)
デレク・アンダーソン(1997年1巡目13位)
ロドリック・ローズ(1997年1巡目24位)
ナジー・モハメッド(1998年1巡目29位)

1995-96、ケンタッキー大学はピティーノがイタリア系であることから”ローマ帝国”と呼ばれる程のパワーハウスに戻った。しかし、開幕前AP1位と評されて自惚れていたワイルドキャッツは開幕2戦目にジョン・カリパリとマーカス・キャンビー率いるマサチューセッツ大学に自慢の攻撃力を完璧にシャットダウンさせられてまさかの敗退を喫し、その後、無敗の25連勝でレギュラーシーズンを駆け抜けたにもかかわらず、2月末に入るまでAP2位以上には上がることができず、最終的にAP2位だった。


本戦、ワイルドキャッツは1回戦~準々決勝まで全て20点差以上の圧勝でファイナル4の舞台に戻ってきた。


そして、準決勝、対戦相手は因縁の相手マサチューセッツ大学だった。


試合は互いにフルコートプレスを仕掛ける激闘となった。残り2分30秒、ケンタッキー大学が71-61とリードを広げたが、マサチューセッツ大学はディフェンスを修正、連続ターンオーバーを誘って3点差に詰め寄り、試合は残り1分で両チーム共にタイムアウトを使い切り、なお且つ主力選手も退場する消耗戦となった。


しかし、最後のタイムアウトが勝敗を決めた。ピティーノはドリブルでは無くパスを使ったプレスの攻略法を選手に授け、選手達が見事にそれを遂行して「勝負あり」となり、勢いそのままに決勝戦でシラキュース大学を破って18年振りの優勝を果たした。


1996-97、主力選手の4年生の卒業とアントニー・ウォーカーのアーリーエントリーで主力選手の顔ぶれが大きく変わったが、昨季唯一の主力メンバーのデレク・アンダーソンとロン・マーサーが下級生達を導き、準々決勝でユタ大学、準決勝でミネソタ大学と次々とニューカーマ―の夢を砕いて2連覇まであと1勝となった。


しかし、ルート・オルソン(Lute Olson)率いる初優勝を狙うアリゾナ大学に延長戦の末に敗れて2連覇の夢は散った。その後、ピティーノはNBAボストン・セルティックスのHCとなった。

トゥビー・スミス時代(1997-2007): 一応、優勝はしたが…

主な実績
  • NCAAトーナメント優勝(1998)

恐慌シーズンを物に!!(1997-98)

1997年、トゥビー・スミス(Tubby Smith)がピティーノの後釜という誰もなりたがらない汚れ役を引き受けた。

1997-98のトップチーム
アリゾナ大学: ジェイソン・テリーとマイク・ビビー
ノースカロライナ大学: ビンス・カーターとアントワン・ジェイミソン
デューク大学: エルトン・ブランドとシェーン・バティエ
カンザス大学: ポール・ピアースとリーフ・ラフレンツ(1998年1巡目3位)

しかし、幸運なことに1997-98はどこのチームもイマイチだった。優勝候補は消去法でアリゾナ大学、カンザス大学、デューク大学、ノースカロライナ大学の4校に絞られていたが、各チーム共にタレント、経験、チームケミストリーのいずれかに不安を残していた。


そんな中、ワイルドキャッツもかつてローマ帝国と呼ぶにはあまりに質素なロスターだったが、不景気なのはライバル校達も同じだったためレギュラーシーズンとカンファレンストーナメントの両方でSECを制覇してNCAAトーナメント出場を果たした。


本戦、エリート8まで勝ち進んだワイルドキャッツは優勝候補の一角デューク大学と相まみれることとなった。「エリート8」と「デューク大学」と言えば、アンフォアゲッタブルスがレイトナーのブザービターの前に屈した1992年大会の再戦だ。当然、周囲は再戦を煽り、試合も期待通り最後まで分からない接戦となったが、今度は土壇場でスリーを2本決めたワイルドキャッツがブザービターのチャンスを与えず、リベンジに成功した。


一方、他のブロックで仮想敵のカンザス大学、アリゾナ大学、ノースカロライナ大学が全員姿を消した。これによって一気に優勝への道が切り拓かれたワイルドキャッツは決勝でユタ大学を破り、スミスはピティーノの後任というプレッシャーを背負いながら初陣でまさかの優勝を果たした。

スミスの挑戦(1999-2004)

その後、1998-99は優勝メンバーが最上級生となって期待されたシーズンだったがエリート8に終わり、1999-2000はピティーノのリクルートのジャマール・マグロワが卒業を迎えた。

ティショーン・プリンス(1998-2002)
キース・ボーガンズ(1999-2003)
マービン・ストーン(1999-2002)

2002-03、遂にスミスが自身でリクルートした選手達だけでシーズンに臨めるようになった。ワイルドキャッツはケンタッキー大学らしからぬ地味なロスターだったが、SECをレギュラーシーズンとカンファレンストーナメントとで無敗の19勝0敗で終え、遂に最終週にAP1位と評されるまでに至った。


しかし、ドゥウェイン・ウェイド(マーケット大学)に29得点、11リバウンド、11アシストのトリプルダブルの活躍を許してスミスが自身の哲学を証明する挑戦はエリート8で終わった。


翌2003-04、再びのワイルドキャッツは、シーズン中盤以降に畳み掛けるように勝ち星を重ねて最終的にAP2位と評されるまでに至ったが、2回戦でアラバマ大学バーミンガム校にアップセットされてスミスの挑戦は終わった。

再びタレント重視に(2004-07)

マクドナルド・オール-アメリカン3人
ラジョン・ロンド(2004-06)
ランドルフ・モリス(2004-07)
ジョー・クロフォード(2004-08)

1998年の優勝以降、ファイナル4以上の結果も去ることながら、これがUKファンにとっては不満なのだが、NBAで活躍する選手の輩出が滞っていた


スミスの教え子でほぼ唯一NBAで成功したのがラジョン・ロンドだ。2004-05、高校時代にマクドナルド・オール-アメリカンに選ばれたロンドは1年次から全34試合に先発PGとして出場してチームのエリート8進出に貢献、2年次の2005-06には得点、リバウンド、アシストでマルチに活躍して2006年のNBAドラフトにて全体21位でボストン・セルティックスに加入した。


その後、ロンドはケビン・ガーネット、レイ・アレン、ポール・ピアースのビッグ3を巧みに操り一気にスタープレーヤーとなる訳だが、2007年、ロンドのNBAの飛躍を待たずして、ケンタッキー大学はスミスを解雇した。

ジョン・カリパリ時代(2009-): NBAスター量産工場

主な実績
  • NCAAトーナメント優勝(2012)
  • NCAAトーナメント準優勝(2014)
  • ファイナル4×2(2011、15)

有言実行(2009-10)

2009年、HC就任時、ジョン・カリパリは「俺はベストオブベストをリクルートするためにここに来た」と発言、有言実行、程なくしてケンタッキー大学史上最も才能に溢れるロスターが完成した。

The Rise of John Calipari's NBA Empire at the University of Kentucky

リクルート(2009)
ジョン・ウォール
デマーカス・カズンズ
エリック・ブレッドソー
ダニエル・オートン(2010年1巡目29位)
Jon Hood(トップ100)

2009-10、ケンタッキー大学は開幕19連勝を達成、レギュラーシーズンとカンファレンストーナメントの両方でSECを制覇して32勝2敗でNCAAトーナメント出場を果たし、1~3回戦を全て15点以上の差をつけてエリート8まで勝ち進んだが、準々決勝で不運にもことごとくシュートが外れてウェストバージニア大学に敗れた。

ギリスピーの残党(2010-11)

リクルート(2010)
ブランドン・ナイト(2010-11/1巡目8位)
テレンス・ジョーンズ(2010-12/1巡目18位)
ドロン・ラム(2010-12/2巡目42位)

ギリスピーの残党
ジョシュ・ハレルソン(2008-11/2巡目45位)
ディアンドレ・リギンズ(2008-11/2巡目53位)
ダリアス・ミラー(2008-12/2巡目46位)

2010年、カリパリがリクルートした選手達が次々とワン&ダンでキャンパスを後にする中、僅か2シーズンで解雇された前任者ビリー・ギリスピー(Billy Gillispie)のリクルートした選手達は引き続き大学に残った。2010-11、カリパリのロスターにしては珍しく上級生の比率の高いチームは前シーズンよりも上のファイナル4進出を果たし、ギリスピーの汚名を僅かながら返上した。

カリパリを優勝させた男(2011-12)

Anthony Davis dominates 2012 NCAA championship with Kentucky

リクルート(2011)
アンソニー・デイビス(2011-12/1巡目1位)
マイケル・キッド-ギルクリスト(2011-12/1巡目2位)
マーキス・ティーグ(2011-12/1巡目29位)

カリパリの仕事はNBAプロスペクトをリクルートすることだが、手段を選ばないカリパリを良く思わないアンチはこぞってカリパリが優勝していないことを叩いた。


2011-12、ワイルドキャッツは、SECのカンファレンストーナメント優勝は掴み損ねたものの、32勝2敗でNCAAトーナメント出場が決まり、トーナメント本戦も順当に勝ち進み、決勝戦にたどり着いた。


対戦相手のカンザス大学はカリパリがメンフィス大学時代に決勝で敗れた私怨の相手だった。2008年NCAAトーナメント決勝、デリック・ローズの上からマリオ・チャルマースに同点スリーを決められ、延長戦の末にカリパリとローズはカンザス大学の前に屈した。


そして、決勝戦、アンソニー・デイビスがカンザス大学の徹底マークでFG1/10の6得点に抑えられ、カリパリの脳裏には2010-11の悪夢が過った。が、ストレスフルな状況でもデイビスは集中力を欠かなかった。デイビスは6ブロックと16リバウンドでゴール前に立ちはだかり、逆にカンザス大学を抑え返した。その結果、ケンタッキー大学は終始リードしたままディフェンス勝ちで優勝を決めた。

1位、ランク外、準優勝(2013-14)

マクドナルド・オール-アメリカン6名
ジュリアス・ランドル(2013-14/1巡目6位)
ジェームス・ヤング(2013-14/1巡目17位)
アンドリュー・ハリソン(2013-15/2巡目44位)
アーロン・ハリソン(2013-15/ドラフト外)
ダカリ・ジョンソン(2013-15/2巡目48位)
マーカス・リー(2013-16/ドラフト外)

2013-14は奇妙なシーズンだった。マクドナルド・オール-アメリカン6人が入学したケンタッキー大学はAPで開幕前1位と評されたが、頻繁に試合を取りこぼした結果、最終週ではまさかのランク外にまで落ちてしまった。


しかし、ワイルドキャッツは2回戦で35勝0敗で優勝を狙うウィチタステイト大学をアップセット、続く3回戦でピティーノ率いるライバルのルイビル大学を破り、その後ミシガン大学とウィスコンシン大学のビッグ10校を2タテ、名門にも関わらず”シンデレラチーム”になってしまった。


そして、決勝戦、対戦相手は東地区第7シードから勝ち上がってきたこちらもシンデレラチームのコネチカット大学だった。そのため、オッズはポテンシャルの高いUKにあった。が、シャバズ・ネイピアに翻弄されて2年振りの優勝は幻に終わった。

同大史上最強38勝1敗(2014-15)

主なロスター
カール・アンソニー-タウンズ(2014-15/)
デビン・ブッカー(2014-15/)
トレイ・ライルズ(2014-15)
タイラー・ウリス(2014-16)
ウィリー・コーリー-スタイン(2012-15/)

2014-15、ケンタッキー大学は開幕前から同大史上最強と言われていた。案の定、ワイルドキャッツは強かった。レギュラーシーズンとカンファレンストーナメントの成績は34勝0敗、APランキングは開幕前から最終週まで常に1位だった。


そして、NCAAトーナメント3回戦、ワイルドキャッツは2011年に優勝を阻まれたウェストバージニア大学を78-39のダブルスコアで蹴散らし、続く準々決勝で古豪ノートルダム大学に接戦を演じられるも、最後にエースのジェリアン・グラントを抑えて2点差で競り勝ち、ファイナル4に進出した。


しかし、昨シーズンと同じ顔ぶれとなった準決勝、年間最優秀選手賞のフランク・カミンスキーにリベンジを果たされてケンタッキー大学の無敗神話は最終回(決勝戦)目前に打ち切りとなった。

現地観戦

レキシントン(ケンタッキー州)

基本情報

ケンタッキー大学のあるケンタッキー州レキシントンは北東部、南部、中西部が交わった場所に位置している。ダウンタウンは結構栄えている。近くにはシンシナティとルイビルがある。

総評: 中級者向け

快適度: ★★★

標準時
(時差)
規模気候
(11~3月)
東部標準時
(-14時間)
カレッジタウン
(大)
最高気温: 15℃
最低気温: 0℃
詳細

アクセス: ★★★

日本から行く場合、直行便が無いため、国内線にトランジットする必要がある。空港からダウンタウンへはローカルバスで30分弱程だ。一方、シンシナティやルイビルから長距離バスで行くこともできる。

観光: ★★

ケンタッキー州はバーボンが有名だ。

ホームアリーナ

基本情報

名称: Rupp Arena
住所: 430 W Vine St, Lexington, KY 40507

ワイルドキャッツのホームアリーナはRupp Arena(ラップ・アリーナ)だ。同施設はレキシントンのダウンタウンにある。ソフトクリームがアリーナ名物だ。

チケット

同大はパワーカンファレンスに所属しているため、試合によってはチケットが売り切れる可能性もある。だから、チケットの購入は会場では無く、 TicketmasterStubHubVIVIDSETAS、公式サイト等で事前に購入するのがオススメだ。

ブックストア(カレッジストア)

カレッジグッズの購入は各大学キャンパス内のブックストア(カレッジストア)がオススメだ。場所はグーグルマップで「大学名 bookstore」で検索すれば出てくる。


ブックストアは書店では無い。ブックストアはアパレルと日用品が売られている雑貨屋だ。と言うのも、アメリカの大学生は基本的に寮やキャンパス付近での生活を強いられるため彼らの生活に必要となるアイテムが置いてあるのである。


ちなみに、カレッジのアイテムはアリーナでも買える。が、品揃えは良くない。時間があれば是非ともキャンパス内or付近のブックストアに立ち寄ることを俄然オススメする。

まとめ

ケンタッキー大学は毎年チェックすべきチームであることは間違いない。現地観戦はチケットがNBA級に高く、特にライバルのフロリダ大学戦やその他SECチームとの対戦は手に入れるのが難しい可能性もあるので、覚悟と注意が必要だ。

合わせて行きたい: オハイオバレーエリア

シンシナティ(オハイオ州)

シンシナティはオハイオ州の南端の都市だ。シンシナティ大学ゼイビア大学の強豪2校がキャンパスを構えている。インディアナポリスオハイオ・ステイト大学、ケンタッキー大学、ルイビル大学に近い。

ルイビル(ケンタッキー州)

ルイビルはケンタッキー州最大の町だ。

ケンタッキー大学

ケンタッキー大学はシンシナティを南下したレキシントンにある。

ナッシュビル(テネシー州)

テネシー州ナッシュビルはバンダ―ビルト大学、ベルモント大学、テネシーステイト大学がキャンパスを構えている。

メンフィス(テネシー州)

テネシー州メンフィスにはNBAメンフィス・グリズリーズ、Gリーグチームのメンフィス・ハッスル、ペニー・ハーダウェイがHCのメンフィス大学がある。

カレッジフープスの記事

参考

Kentucky Wildcats School History(sports-reference.com)
NBA & ABA Players Who Played For Kentucky(basketball-reference.com)
Kentucky Schedule(1952-53)(bigbluehistory.net)
A Season Without Celebration: Hall(news.google.com)
Where are they now: Feldhaus unforgotten in Kentucky lore(coachcal.com)
Like Rome, Kentucky basketball is a storied, flawed empire: Bill Livingston(cleveland.com)
Former Grissom Basketball Standout Marvin Stone Dies at 27(waff.com)
30 for 30: One and Not Done(espnplayer.com)

管理人

俺達B.O.Brosはアメリカかぶれの”bro”2人だ。両者共にアメリカの大学に留学経験(1人は現在留学5年目)がある。元々はバスケ好きが高じて渡米したのだが、今ではバスケを通り越してアメリカ的価値観や文化そのものの虜になり、固まった休みが取れ次第、試合観戦がてらアメリカ各地を巡っている。トレンドの話はTwitter、俺達自身についてはInstagram、ブログのコンセプト外の話はnoteで発信しているので、興味があれば、そちらもチェックしてもらえれば、と思う。

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